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響き

 投稿者:高濱巨灯  投稿日:2013年11月13日(水)18時55分3秒
返信・引用
  芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ

この句は儂の句

遠山に日の当たりたる枯野かな  に、どこか遠くで響きあっているようじゃのう

季節は秋と冬でちがうのじゃが、なんかどこかで同じような匂いがするのじゃが・・・・
 
 

わんこ先生の鑑賞?

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年11月13日(水)08時19分24秒
返信・引用
  かすみは、ほぼ与太女様とほぼ同じような鑑賞をしました。
        ↓
「どうしてこの句が問題なのかが、まったく分からんですばい。
折り取りてはらりと重きすすきかな
・・・これは日のある時間にすすきを折り取ったときの印象ですよね。
芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ
・・・同様に、これも昼間、折り取ったか切り取ったかしたすすきを活けたと。
   すすき原に満ちていた光まで家に持って帰ってきたんだよ~ん♪」

かすみもこれ以上、また以下の鑑賞でもなく、与太女様に賛意を表します。

わんこ先生は
「芒の持つ本情をはみ出してしまっておるのじゃな。芒の本情は古今集の時代からすでに定まっておって、花ともいえないわびしい姿を哀惜しなければならんのじゃ」

と息巻いておられますが、

芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ

の句は、わんこ先生がおっしゃる
「花ともいえないわびしい姿を哀惜しなければならんのじゃ」ということからすれば、この句は
そんな風情をおびているように感じますが・・・

映像的にも芒を活けたことによって、急に家の中に、野原一面のきらきらした、それでいてどこかもの寂しげな風情が満ち満ちてくるような印象を受けます。

みなちゃまはどう思いますか?




 

訂正

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年11月12日(火)07時31分31秒
返信・引用
  生けて→活けて

じゃった。強いて、この句に救いがあるとすれは、

家に「満ちたる」でなく、家に「満ちゆく」と抑えて、芒の控え目な主張を感じさせたところかもしれぬな。
 

ところで

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年11月11日(月)07時14分50秒
返信・引用
  13 芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ 屁散人 4(特1) 頓、松、波、西

うむ。これが、大変な問題句じゃ。このような句が高得点になっては、熱闘句会のお先は真っ暗じゃよ。どうしてか、みなにまず考えてもらうか。

の回答じゃが、芒の持つ本情をはみ出してしまっておるのじゃな。

芒の本情は古今集の時代からすでに定まっておって、

花ともいえないわびしい姿を哀惜しなければならんのじゃ。

たとえば、瓶に生ければ

瓶の芒野にあるごとく夕日せり 大野林火

のようにじゃ。林火ちゃんもあるいは、家に生けたら家じゅうが日の匂いで満たされたと思ったかもしれんのじゃが、そこは古人に敬意を表して、夕日でじっとこらえた風情が感じられるのじゃ。
 

「ちら」は女性の特権ですもの

 投稿者:与太女  投稿日:2013年11月 5日(火)22時12分4秒
返信・引用
  パンちら・・・とかってございますでしょ。
あれ? ちらとさせてるのが女性で、ちらと見ているのが男性。
どっちが権利を持っているのでしょうか。

えーとですね、聞くところによりますと、芽笹さんは
「池の主(ぬし)の緋鯉が垣間見えた。ああ、秋だなあ」
という風情を句にしてみたかったそうです。
ぐるぐるかき混ぜたり、あれこれひねったりして、
でもうまく作れなくて、そのまんま出してしまったと。
納まり悪いし、うまく伝わらないだろしと、
分かっていて出しちゃったと。確信犯てやつですかね。
ああ見えて、相当のワルなのかも。
 

むむ

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年11月 5日(火)07時20分21秒
返信・引用
  23 ちらと見ゆ主の緋鯉や秋の水 芽笹

は、主を「ぬし」と読ませるのかな。わんこは「
あるじ」だと思っていたが。

すると

23は ちらと見ゆる主の緋鯉秋の水

ではなく、

ちらと見る主の緋鯉や秋の水

しかそ、作者の「見る」という意識的意図も汲み、「あるじ」と読ませて

ちらと見る主の緋鯉秋の水


でもよいな。

自然に見えてしまったという意味での「見ゆる」のほうが、わんこは好きじゃが。



 

これこれ

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年11月 5日(火)07時13分46秒
返信・引用
  わんこがいない間にわんこを語る自由律俳人が跋扈してをる。
ゆゆしき事態じゃ(笑)!
しかし、わんこも足元にも及ばぬ自由律の天才じゃな。

ところでさっき披講一覧を見たら下の二句がならんでをった。
ちらと見るのはやはり隠された女性本能じゃろうか。知りたいところじゃ♪
とまた、炎上話題を提供してしまった。

23 ちらと見ゆ主の緋鯉や秋の水 芽笹
24 運動会よその弁当ちらと見る 凡々

23は ちらと見ゆる主の緋鯉秋の水

なら完璧じゃ。
 

Re: 赤面 

 投稿者:通りすがりの蛇  投稿日:2013年11月 3日(日)20時12分17秒
返信・引用
  > No.186[元記事へ]

> さすがの与太女様も赤面ですよね。独身のかすみも赤面を通り越して、石面!
> 顔がこわばってしまいました。
>
> でもこんな句が50句もあるなんて、それも芭蕉さんの句なんでしょう。これだけ作るってことは、尋常じゃないですよね。・・・と言いつつ、もっと覗いてみたい!という好奇心もあるのね(笑)


毒身のかすみとやら、そすたら無料でとくべつに「おくのほそ道」最後の句を見せてあげるだで・・・

大垣
               蛤のふたみに別行秋ぞ

     ハ マ グ リ ノ フ タ ミ 二 ワ カ レ ユ ク ア キ ゾ
     ④ ⑥ ⑯ ⑰ ③ ⑮ ⑦ ⑧ ⑨ ⑬ ⑭ ⑤ ⑪ ⑫ ① ② ⑩

並べ替えるでよ。

     ア キ ノ ハ レ マ タ ミ 二 ゾ ユ ク ワ カ フ グ リ

漢字に変換するで

     秋の晴れ股見にぞ行く若陰嚢(フグリ)

 抜けるような秋空です。ただ天気がいいからというそれだけで、もうストリップを見に行こうなんて了見です。若い者は困ったものです。すっかり陰嚢をもてあましてしまうんですから。

 これで終わりにするでよ。・・・ゆっくり堪能してちょびれでよ!



 
 

赤面 

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年11月 3日(日)19時09分1秒
返信・引用
  さすがの与太女様も赤面ですよね。独身のかすみも赤面を通り越して、石面!
顔がこわばってしまいました。

でもこんな句が50句もあるなんて、それも芭蕉さんの句なんでしょう。これだけ作るってことは、尋常じゃないですよね。・・・と言いつつ、もっと覗いてみたい!という好奇心もあるのね(笑)
 

Re: アナグラム

 投稿者:与太女  投稿日:2013年11月 3日(日)17時14分1秒
返信・引用
  > No.184[元記事へ]

うっわ~、えっちぃ!
 

アナグラム

 投稿者:通りすがりの蛇  投稿日:2013年11月 1日(金)22時39分11秒
返信・引用
  知っているかもしれんが、芭蕉の「おくのほそ道」の全50句(芭蕉の句のみ)をマニアック的アナグラムにして、快楽句にした男がいるのでよ~!

長くなるんで一句のみ紹介するで。

     草の戸も住替る代ぞ雛の家

  ク サ ノ ト モ ス ミ カ ワ ル ヨ ゾ ヒ ナ ノ イ エ
  ③ ⑥ ① ⑫ ⑨ ⑩ ⑬ ⑯ ⑦ ⑧ ⑤ ② ⑮ ④ ⑭ ⑰ ⑪

これを順番通りに入れ替えるで。

  ノ ゾ ク ナ ヨ サ ワ ル モ ス エ ト ミ ノ ヒ カ イ

これを漢字に変換だでよ。

  覗くなよ触るも吸えと身の秘貝

私の柔草(にこくさ)のその奥は、覗かないでくださいね。触れられたり吸われたりするのは歓迎いたしますが、見られるくらい恥ずかしいことはありません。私の身体の奥のほうにある雛祭りのように紅い秘密の桜貝を。

ど~~で、おもろいであるよ!・・・それが50句もあるでよ・・・もう玉乱わ!!
 

山頭火

 投稿者:金子堂陀  投稿日:2013年10月31日(木)19時12分35秒
返信・引用
  放哉の句を紹介したからには、山頭火の句も少し紹介しないと、片手落ちじゃのう~~
(生涯で8万句ほど作っているようじゃ)


分け入つても分け入つても青い山
鴉啼いてわたしも一人
木の葉散る歩きつめる
ほろほろ酔うて木の葉ふる
どうしやうもないわたしが歩いてゐる

秋風の石を拾ふ
枝をさしのべてゐる冬木
うしろすがたのしぐれてゆくか
鉄鉢の中へも霰

うつむいて石ころばかり
もう冬がきてゐる木ぎれ竹ぎれ
わかれてきた道がまつすぐ
あるがまま雑草として芽を吹く

ころりと寝ころべば空
青葉の奥へなほ小径があつて墓
あるけばかつこういそげばかつこう
うまれた家はあとかたもないほうたる

春風のどこでも死ねるからだであるく
死ねない手がふる鈴をふる

蛙になり切つて飛ぶ
おちついて死ねさうな草萌ゆる
蚊帳の中に私にまで月の明るく
こしかたゆくすゑ雪あかりする

この句の中でなにかに使えるコピーがあるかのう~~、芽殿ちゃん!
 

面白そう

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年10月28日(月)19時46分8秒
返信・引用
  わんこ先生が、宿題を出されたようなので、まだやっていない句を自由律っぽい句に挑戦してみます!
(みなさんの句をダシにつかって申し訳ありません ぺこん)

台風来滴り止まぬ蛇口かな         台風来蛇口を締める(わ)
芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ       芒活けて風が通る(わ)
瀬戸内の島ゆるるほど運動会        運動会島が揺れてる(わ)
菊酒に耳たぶ酔うてきたりけり       耳たぶ酔うて木枯し吹く(わ)

ぎんなん落つ空の愁ひをこぼすごと    愁いこぼるる空よりぎんなん(か)
ふるさとは知る人もなく草の花      ふるさとは草の花だけ(わ)
夕暮れはしみじみ蒸けてきぬかつぎ     夕暮れ蒸けてきぬかつぎ(か)
なぜあんな話したのか鳳仙花        鳳仙花話が弾け(か)

秋の陽を肩にのせ行く遊歩道        秋の日を肩だけ濡らす(わ)
赤い羽根少女の指が胸に触れ        小さい胸に赤い羽根が恥らう(か)
新米をしみじみ食べて余生かな       新米食う余生いらない(わ)
鬼灯を吹けばゑくぼが鳴りだして     鬼灯をゑくぼが鳴らす(か)

秋の夜の一つの椅子を譲り合い      椅子譲る苦しくても立つ(か)
きらきらと水の流れに小鳥来る       小鳥来る川音も光る(わ)
山の風新蕎麦の香を際立たせ       新蕎麦に山の風来る(か)
食べごろを待てり卓子の次郎柿      熟されてゑみ次郎柿(か)

冬近し波たたみ来る湖畔かな       湖畔が波を畳む(か)
コスモスや貨車より漢顔を出し      汽車の窓より漢コスモス走る(か)
記憶ふと紅く染まるやこぼれ萩      萩の記憶に染まる(か)
小鳥来る河原の石に風当たり       礫が河原に小鳥来る(か)

秋の蚊の刺して小さく消えにけり      秋の蚊に血をあげる(わ)
もう猫に分けること無き秋刀魚食ぶ    猫の墓に置く秋刀魚の骨(か)
薄野を出てから走る猫となり       芒の風舐めて猫が哭く(か)
栗飯やまだ見ぬ丹波懐かしき       丹波が潤む栗飯に(か)
蓑虫の揺れて愉悦の日となりぬ       蓑虫の風に首だけだす(わ)

 むずかしかった!


 

酒もってこい!

 投稿者:通りすがりの河馬  投稿日:2013年10月27日(日)21時17分16秒
返信・引用
  尾崎放哉さんは、酒で身を滅ぼしたような!
俺らも気をつけるだよ!
 

むむむ・・・

 投稿者:金子堂陀  投稿日:2013年10月27日(日)19時32分42秒
返信・引用
  ちと儂のお株を取られたようじゃのう~~
前衛俳句の走りとして、面目まるつぶれじゃ!!

ところで、放哉最後の8カ月の作品から紹介しておこう!


咳をしても一人
いつしかついて来た犬と浜辺に居る
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた

ビクともしない大松一本と残暑にはいる
障子あけて置く海も暮れ切る

足のうら洗へば白くなる
なん本もマッチの棒を消し海風に話す
自分をなくしてしまつて探して居る
山は海の夕陽をうけてかくすところ無し
竹籔に夕陽吹きつけて居る
鳳仙花(ほうせんか)の実をはねさせて見ても淋しい
墨をつけた顔でもどつて来た
夜の木の肌に手を添へて待つ
障子の穴から覗いて見ても留守である
入れものが無い両手で受ける

雀が背のびして覗く俺だよ
ほん気で鶏を叱つて居る
月夜の葦が折れとる
墓のうらに廻る
あすは元日が来る仏とわたくし
夕空見てから夜食の箸とる
枯枝ほきほき折るによし
霜とけ鳥光る
いそがしさうな鳩の首だ
お菓子のあき箱でおさい銭がたまつた
あついめしがたけた野茶屋
これでもう外に動かないでも死なれる
肉がやせてくる太い骨である
一つの湯呑を置いてむせている
白々あけて来る生きていた
春の山のうしろから烟が出だした






 

芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ

 投稿者:与太女  投稿日:2013年10月26日(土)21時30分56秒
返信・引用
  どうしてこの句が問題なのかが、まったく分からんですばい。

折り取りてはらりと重きすすきかな
・・・これは日のある時間にすすきを折り取ったときの印象ですよね。

芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ
・・・同様に、これも昼間、折り取ったか切り取ったかしたすすきを活けたと。
   すすき原に満ちていた光まで家に持って帰ってきたんだよ~ん♪

そんなふうに解釈しておりましたが。
 

自由律俳句

 投稿者:砲殺(ほうさい)  投稿日:2013年10月26日(土)12時48分22秒
返信・引用
  しゃむないのう、本当は全部自由律俳句に変えて推敲したいのじゃが、時間がない!
とりあえず2点以上入った句を推敲じゃ!

 時間が足りんので、だれか埋めてくれ!(まだたくさんあるでよ~~)

台風来滴り止まぬ蛇口かな         台風来蛇口を締める
芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ       芒活けて風が通る
瀬戸内の島ゆるるほど運動会        運動会島が揺れてる
菊酒に耳たぶ酔うてきたりけり       耳たぶ酔うて木枯し吹く
ぎんなん落つ空の愁ひをこぼすごと
ふるさとは知る人もなく草の花      ふるさとは草の花だけ
夕暮れはしみじみ蒸けてきぬかつぎ
なぜあんな話したのか鳳仙花
秋の陽を肩にのせ行く遊歩道        秋の日を肩だけ濡らす
赤い羽根少女の指が胸に触れ
新米をしみじみ食べて余生かな       新米食う余生いらない
鬼灯を吹けばゑくぼが鳴りだして
秋の夜の一つの椅子を譲り合い
きらきらと水の流れに小鳥来る       小鳥来る川音も光る
山の風新蕎麦の香を際立たせ
食べごろを待てり卓子の次郎柿
冬近し波たたみ来る湖畔かな
コスモスや貨車より漢顔を出し
記憶ふと紅く染まるやこぼれ萩
小鳥来る河原の石に風当たり
秋の蚊の刺して小さく消えにけり       秋の蚊に血をあげる
もう猫に分けること無き秋刀魚食ぶ
薄野を出てから走る猫となり
栗飯やまだ見ぬ丹波懐かしき
蓑虫の揺れて愉悦の日となりぬ        蓑虫の風に首だけだす
 

たまには辛口に

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年10月25日(金)07時16分12秒
返信・引用
  4 台風来滴り止まぬ蛇口かな 屁散人 4(特1) 西、凡、松、芽
これは、面白い句じゃな。わんこは、正直取りそこなったね。

13 芒活けて家に満ちゆく日の匂ひ 屁散人 4(特1) 頓、松、波、西

うむ。これが、大変な問題句じゃ。このような句が高得点になっては、熱闘句会のお先は真っ暗じゃよ。どうしてか、みなにまず考えてもらうか。
 

子規忌近づく水銀が沸騰す 屁散人

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年10月 2日(水)06時02分43秒
返信・引用
  この句は方哉の影響が強くでていると思ったけどどうじゃろうかね。  

まいまい井戸

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年10月 2日(水)05時38分4秒
返信・引用
  おお!

まいまいず井戸が正しかったとは!!

60年間まいまい井戸と思い込んでおりました。

わんこは三鷹出身なので、武蔵野台地の井戸には親しんでいたのだった。

まいまいず井戸の底から見上げる秋の空は印象的なのだった。

 

肝心の・・・

 投稿者:与太女  投稿日:2013年 9月27日(金)16時06分44秒
返信・引用
  わんこ先生はどうなさったのかしら。  

Re: ず

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 9月25日(水)19時31分0秒
返信・引用
  > No.172[元記事へ]

> 中学で、複数形って習っただよ。

やっぱり同じようなこと考える方がいらっしゃるんですね!
通りすがりの熊さんと同じように、かすみも「ず」って複数形だわよねと思いつつ、まいまいが一杯いるからなんだわ・・・??と、思ってしまいました。
 

 投稿者:通りすがりの熊  投稿日:2013年 9月25日(水)14時43分29秒
返信・引用
  中学で、複数形って習っただよ。  

まいまいず井戸

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 9月25日(水)08時31分36秒
返信・引用
  堂陀、巨灯おじちゃま、昨日の夜いろいろ調べてみましたら、「はまだより」というホームページに、次のようなことが。

「まいまいず井戸」という 珍しい構造の井戸がある。 大きなすり鉢状の穴を掘り その下に 普通の井戸を掘る, という 二重構造の井戸である。
場所は 東京都と埼玉県の西部一帯, 立川~羽村~青梅~狭山 あたりの 武蔵野台地と, 伊豆七島の一部(式根島・八丈島など)に限られている。
『まいまいず』とは 「まいまい」=「かたつむり」 の意味だが, 辞書を引いても この単語は出てこない。おそらく 関東地方の一部だけで使われる 方言の一種なのだろう。

武蔵野台地は 表土を関東ローム層が覆い その下には砂礫層が堆積しており, 地下水脈がかなり深い。水を得るには 深い井戸を掘らなければならなかった。
技術の未熟な時代に 崩れやすい砂礫層に直接 深い井戸を掘ることは困難で, そのため, まず すり鉢状の大きな穴を 硬い地盤まで掘り下げ, そこから普通に井戸を掘る, という構造の井戸になったと思われる。

かつて この種の井戸は, 武蔵野台地の各地に 見られたようで, 現在もその一部が残されていて, 東京・埼玉の史跡などに指定されている。 (式根島のものは 現在も実際に使用されているという。)
“すり鉢”の大きさは 場所によりまちまちだが, 水汲みのための道は, 羽村のような「らせん状」のほかに, 「階段式」になっているものや, キザキザの つづら折れの道などの構造も見られる。

ということで、犬客様の

天高しまひまひ井戸の水なくて

あらためて鑑賞させていただくと、水を確保するために先人たちが様々な苦労と知恵を絞って生活していたことが想像されてきます。それが今は、水もなく使われなくなって史跡としてしか見られていない。
天高しという季語によって、私たちの祖先の、一生懸命な生活振りが、きらきらとした光の中に揺曳しているように見えます。いい句だと思います。

最後に一つだけ疑問があります。なぜ「まいまい」ではなく「まいまいず」と、ずがつくのでしょうか。
このずはなんなのかしら?

 

まいまいず井戸

 投稿者:高浜巨灯  投稿日:2013年 9月25日(水)08時07分48秒
返信・引用
  「まいまいず井戸」というのは、カタツムリに形が似ていることから、多摩地方でのカタツムリの方言が「まいまいず」と呼ばれておるようじゃ。

ということは、他にこのような井戸があるという、伊豆やら埼玉では、蝸牛のことを〃まいまいず〃と呼んだのかのう~~。今少し調べてミントなぁ~~
 

まいまいず井戸

 投稿者:金子堂陀(どうだ)  投稿日:2013年 9月24日(火)21時47分20秒
返信・引用
  かすみちゃん。どうやら「まいまい井戸」ではなくて、「まいまいず井戸」が正解じゃようだのう~~。

であるからして、かすみちゃんの珍解釈も、どんまいどんまい!
 

調べてみると

 投稿者:与太女  投稿日:2013年 9月24日(火)13時04分36秒
返信・引用
  「まいまいず井戸」はあるけれど、「まいまい井戸」はないのですね。

だから、犬客さんの句は「まいまいず井戸」ではないのかも。
「mymy井戸」じゃあないですよね。
「おれの井戸、水も石油も出てこない~(涙)秋なのに~(涙)」
ぜったい間違ってるに一票!
 

Re: まいまい井戸

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 9月24日(火)08時31分58秒
返信・引用
  > これは、羽村あたりにある「まいまいず井戸」のことかなあ、と思いました。
>
> 昔、井戸を深く掘る技術がなかったころ、まず地面を渦巻状に(すり鉢状に)掘り下げていき、中心の深くなった所から普通に井戸を掘って水を得ていた・・・というのが多摩周辺に史跡でいくつか残っています。
> すり鉢状のところをまっすぐに下りていくのは、傾斜がきついし、水を汲んだら登ってこれないので、カタツムリをひっくり返したようにぐるぐると渦巻を描くように小道が作られていて、井戸の水を運ぶようになっているのです。
>
> 台地などで、水脈がふかくなっているところにつくられた井戸のようです。
> それのことかなあと思いました。
>
> で、句なのですが、
> 「今年の猛暑のせいで、秋が来ても水が少ない、空はこんなに高いのに、井戸はこんなに深いのに」
> そういう解釈でよいのでしょうか。
>

今お出かけの前に覗きましたら、かすみの解釈に笑ってしまいました!

ウキぺディアで調べたら
「まいまいず井戸とはかつて武蔵野台地で数多く掘られた井戸の一種である。東京都多摩北部地域から埼玉県西部に多く見られ、同様の構造を持つ井戸は伊豆諸島や群馬県の大間々扇状地などにも存在した。」

と、ちゃんと書いてありました!・・・よくやるんです、こういう思い込みの珍解釈。
それにしても与太女様の知識には恐れいりました!
ちゃんと調べてから解釈しないと、恥さらしになりますね!(笑)

犬客様、大変申し訳ございませんでした。

でも言い訳ですが、まいまいず井戸、まいまい井戸と呼ばれたのでしょうけど、これは普遍的な呼び名だったんでしょうか。というのは、武蔵台地で数多く掘られた井戸の一種と書いてありますので、ごく一部の呼称のような気もします。与太女様のように知識豊富な方以外は、あまり知らない言葉じゃないですかね。
 

まいまい井戸

 投稿者:与太女  投稿日:2013年 9月23日(月)21時14分6秒
返信・引用
  これは、羽村あたりにある「まいまいず井戸」のことかなあ、と思いました。

昔、井戸を深く掘る技術がなかったころ、まず地面を渦巻状に(すり鉢状に)掘り下げていき、中心の深くなった所から普通に井戸を掘って水を得ていた・・・というのが多摩周辺に史跡でいくつか残っています。
すり鉢状のところをまっすぐに下りていくのは、傾斜がきついし、水を汲んだら登ってこれないので、カタツムリをひっくり返したようにぐるぐると渦巻を描くように小道が作られていて、井戸の水を運ぶようになっているのです。

台地などで、水脈がふかくなっているところにつくられた井戸のようです。
それのことかなあと思いました。

で、句なのですが、
「今年の猛暑のせいで、秋が来ても水が少ない、空はこんなに高いのに、井戸はこんなに深いのに」
そういう解釈でよいのでしょうか。
 

水銀

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 9月23日(月)19時03分59秒
返信・引用
  それと犬客様が
「屁散人の子規の句は、力作で沸騰の題材にしないと本人も拍子抜けだろうからね。」と書いておりましたが、
頓狂様の句評で、
 「子規忌近づく水銀が沸騰す
   なんだかよくわかりませんが、いい!・・・かも。」

と書き込みがありましたが、この句は二句一章(取り合わせ)の句ですから、解釈も人それぞれでイメージが違うように思います。とくに忌日の俳句ですからなおさらですよね。

でもなぜ水銀が沸騰しているイメージが作者の中で浮かんだのでしょうか。
ここははっきりいって、作者(屁散人様)の自句自解を聴いてみたいような気もします。

ただかすみは、この句を詠んで、まずイメージしたのが体温計でした。中に入っているのは水銀。当然体温が上がると、水銀が沸騰というより、身ぬちの熱が沸騰してくるようなイメージとだぶって、子規の俳句に対する熱のような思いが伝わるのです。
しかもご本人は、カリエスで呻吟している日常でしょう。水銀が体温計を暗に連想させ、宿痾の
病気をも思い出させてるようにも思えてくるのです。

要は、「水銀が沸騰す」 という措辞が、子規の過熱した俳句の思いを象徴させるような気がするのです。

 

天高し

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 9月23日(月)18時31分42秒
返信・引用
  天高しまひまひ井戸に水なくて

お久しぶりです。さきほど何気なく熱闘掲示板を覗きましたら、犬客様が「犬客のまひまひ井戸の句も誰か講評してくれるといいね。この句はけっこう気に入っているんだ。」とおっしゃっていましたが、正直、この句は焦点がぼけてしまっているような印象を受けました。

まひまひは、もちろん蝸牛のことでしょう。これって夏の季語でしょう。どうして天高しという秋の季語に、わざわざまひまひという夏の季語と取り合わせするのかが、かすみにはわかりません。私の名前のかすみのように、なんだかはっきりしなくてぼやけているように思いますが。・・・

けれどもよく詠んでみると、水が枯れてしまった井戸の底に蝸牛がいて、その蝸牛が、かっらとした秋の空を見上げているようにも思いましたが・・・・
「だからどうしたの」という感想しか浮かびません・・・が。


 

日が当たり

 投稿者:高浜巨灯  投稿日:2013年 3月25日(月)23時56分7秒
返信・引用
  う~~~む。堂陀丼、ちと句が甘いですわ。

これはどうじゃろうか。

深海魚枯野に遠く日が当たり  ←なんかどっかで聞いたことが・・ある!
 

霞へ

 投稿者:金子堂陀  投稿日:2013年 3月25日(月)23時50分47秒
返信・引用
  なんじゃか、儂の句をダシに使っておって失礼千万じゃ!
深海魚なんて、儂は「しんかい!そんあもん・・・」という感想しかないわ!

と言ってわめいてものう・・・どうにもなることでもないがのう(笑)

ここは〃かすみ〃という名前に敬意を表して

深海魚水すこし吐く霞かな  ってのはどじゃろうか。
 

sumire

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月25日(月)21時28分18秒
返信・引用
  この句の最初のイメージは、金子堂陀・・・いや淘汰さんの句で

梅咲いて庭中に青鮫が来ている  を少し連想しました。

深海魚という連想から、すみれの色はもちろん青が浮かびましたが(青色のイメージが淘汰さんの句を連想したのだと思います)、屁散人さんの好評(?)を読ませていただき、すみれと深海魚の組み合わせの発想は新鮮ですが、私も与太女様と同じように「深海魚の謎が解けずに謎のまま終わっておりました。」という感想ですね。
(ただし、感覚的な色の鮮やかさの印象はあると思います)

深海魚がどこに存在しているのかが、解釈によって広がってしまうというのが、この句の欠点かもしれません。

深海魚浮かび上がれば菫咲き  はどうでしょうか。

 

なぁるほど!

 投稿者:与太女→わんこ先生  投稿日:2013年 3月25日(月)15時51分36秒
返信・引用
  > 兼題が「深」だからじゃよ。

明瞭な解説ありがとうございます。
でも・・・そうすると、『大和より「ヨモツヒラサカスミレサク」』が下敷きになっていた必然性が薄くなるような・・・気のせいでしょうか。

考えているうちに、アタマの中がぐるぐるしてきました。
 

深海魚

 投稿者:わんこ先生→与太女丼  投稿日:2013年 3月25日(月)07時20分36秒
返信・引用
  深海魚の必然性がわからぬじゃと。


簡単じゃ! 兼題が「深」だからじゃよ。

深海魚のイメージとして、わんこは山椒魚か鮟鱇のいうな醜くて物事に動じない魚の姿をイメージした。山椒魚は川に棲むが、深海魚のような雰囲気があるじゃろう。で、問題は山椒魚も鮟鱇
も、季語だから季重なりで使えないことじゃ。

物事に動じない鈍重な深海魚が小さな命の象徴としてのすみれにやはり関心を持っていた、生きとし生けるものが場所を問わず助け合っているようなイメージが表現できればよいと思ったのじゃ。

もうひとつ、最初は

桜咲き満ち水すこし吐く深海魚

も考えた。このほうが、一般にはわかりやすかったかのう?
 

大和よりヨモツヒラサカスミレサク

 投稿者:与太女  投稿日:2013年 3月24日(日)23時07分26秒
返信・引用
  今井聖さんが書かれたものをネットで拝見しました。
こんなふうに紹介されております。
===========
展宏さんの句を少しみていきたい。

  (前書き)戦艦大和(忌日・四月七日) 一句
 大和よりヨモツヒラサカスミレサク

よもつひらさかは黄泉平坂。この世とあの世の境にある坂のこと。ヨモツヒラサカスミレサクがカタカナなのは大和から打電された電文の形を模しているから。もちろん想像上の電文である。
===========

「ヨモツヒラサカスミレサク」は分かります。
芭蕉の「山路来てなにやらゆかしすみれ草」
漱石の「菫程な小さき人に生れたし」
誓子の「黒土にまぎるるばかり菫濃し」
というように、小さな命としての象徴としてすみれを置いています。

で、よく分からないのが、わんこ先生の「すみれ咲く水すこし吐く深海魚」なのです。
私は音韻として「すみれ咲く」「水少し吐く」という部分が「すみ」「みず」「すこし」と「み」と「す」の音の重なり合い、そして「さく」「はく」の韻が面白いと思いましたが、そのあとの「深海魚」がどうしても分からずじまい。
海に沈んだ戦艦大和ならば深海なのかもしれませんが、「すみれ咲く」だけで「ヨモツヒラサカスミレサク」まで展開するのはなかなか難しいです。
「スミレサク」とカタカナ電文調にしたら、元句を知っている人には分かったのではないでしょうか。

というわけで、音韻の面白さで入選候補になっていたのですが、深海魚の謎が解けずに謎のまま終わっておりました。
与太女には高尚すぎる句でございました。
 

すみれ咲く水すこし吐く深海魚  犬客

 投稿者:わんこ先生→かすみ丼  投稿日:2013年 3月24日(日)07時51分14秒
返信・引用
  表の掲示板でも解説したが、裏の炎上でも少し補足しておこうかの。

これは、種を明かせば、川崎展宏の2003年の句

大和より「ヨモツヒラサカスミレサク」

を、下敷きにしている。この句は平成の名句の中に入ってくるほど、現在の俳人仲間では有名な句になっているが、大方の歳時記にはまだ収録されていないから、一般には知られていない。

この句も解説がないと解釈不能の俳句で、展宏はさすがに、戦艦やまとが沈むときの乗組員からの電文形式であることを開示している。

ヨモツヒラサカは黄泉の国へ行く途中にある坂のことで、「黄泉の国へ行く途中の船員から、すみれの花がきれいに咲いています」と、地上へ電文を打っている形式じゃ。臨場感溢れる痛切な俳句というわけじゃな。

で、この句のすごいところは、花の季語にスミレを配したことじゃ。スミレの花の本情が、この坂にもっとも似つかわしいと作者が察知したからじゃろう。

大和が沈んだのは確か4月7日頃じゃ。桜を配してもよいところをスミレにしたわけじゃ。

で、屁散人もすごいところは、この俳句を知らなくても、すみれ咲くにぴぴっと来たところじゃ。松子さんもじゃろう。

 

仰臥漫録

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月22日(金)22時04分35秒
返信・引用
  子規さんの最晩年の日記、仰臥漫録には
毎日の食事の献立が事細かに記録されていますね。

たまたま9月8日の日記を見ると

 九月八日 晴 午後三時頃曇 暫くして又晴
 朝 粥三椀 佃煮 梅干 牛乳五勺ココア入り 菓子パン数個
 昼 粥三椀 松魚のさしみ ふじ豆 ツクダニ 梅干 梨一つ
 間食 牛乳五勺ココア入り 菓子パン数個
 夕飯 粥二椀 焼鰯十八尾 鰯の酢のもの キャベツ 梨一

確かに梨を食べています。一日に2個も!

この子規の食欲、とくに果物は大好物だったようですね。

なんかこんな日記を読むと、ちょっとほほえましいというか、もちろん36歳という若死にですので、悲しみもありますが、でもいっぱい食べられてよかったね!・・・と、言ってあげたくなります。
梨はもちろんこの当時は日本の梨ですよね・・・・
 

もうちっと鱶読みするとじゃな

 投稿者:わんこ先生→かすみ丼  投稿日:2013年 3月22日(金)21時27分45秒
返信・引用
  子規は結核じゃったから、いつも微熱で喉がかわいていたのじゃろうな。

でもって、梨が大好物だった。その辺も踏まえて、洋ナシのラフランスを配したとも考えられるな。


そう考えると単に頭の形を連想するよりも、もちっとペーソス、悲哀感も漂ってくるようじゃな。
 

なるほど

 投稿者:わんこ先生→かすみ丼  投稿日:2013年 3月22日(金)06時59分10秒
返信・引用
  わんこの予想通りの解釈じゃ。

でもって、ラフランスが、かならずしも季語として定着していないのを定着させてしまったという「あっぱれ」もあるのじゃろうね。
 

ラフランス

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月19日(火)22時26分25秒
返信・引用
  あら、久しぶりに覗いたら、わんこ先生から!

横顔は子規に如くなしラフランス

一詠して面白い句だとおもいました!  だって子規の顔って、教科書にも必ず載せているのは
あの横顔の写真でしょ。ちょっとしかめっつらしているような感じにも見えなくはありませんが、でも横顔だから表情がいまいちなんですよね。
横顔だから表情がいまひとつつかめないので、印象としては残るのは、あの頭の形なんじゃないでしょうか。・・・この句一詠した瞬間に、ちょっとふきだしそうになったのは、「そうだわ・・あの頭の形はラフランスだ!!」と思ってしまいました。

ですのでこの句はユーモアにも溢れていますが、ただユーモアだけではなくて、ラフランスと言い切ったところに、なんとななしのペーソスもあって、子規の本質の一面をついているのではないんでしょうか・・・ね!
 

横顔は子規に如くなしラフランス

 投稿者:わんこ先生→かすみ丼  投稿日:2013年 3月18日(月)23時45分10秒
返信・引用
  この句も解釈がわんこには難しいのでね。解釈してくだされ。

昨年の角川賞の一句じゃ。
 

早く帰って!

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月10日(日)06時30分24秒
返信・引用
  「もう・・・夜明けよ!早く帰って!!」 倫子さんじゃないけど、まったく気のきかない男っていますね(笑)・・

と、言ってる私ですが、これ見栄です(笑)この句、勘繰ってみると、こういう生活をしてみたいという願望の裏返しのような気もしてきました。
 

春は曙そろそろ帰ってくれないか

 投稿者:小野倫子  投稿日:2013年 3月 8日(金)17時40分8秒
返信・引用
  ある程度のご年配ですが(笑)

えー私は、恋愛機関の長い女性を想像しますね。

空が明るくなってくると、昨夜燃えた気持ちも尽きてきて
日の下に年増の顔やからだをあえてさらしたくないもの。

その辺を察してくれればいいのに男はぬくぬく寝ていて気がきかないったらない。

口に出して帰ってとはいえないし、が「そろそろ帰ってくれないか」ではないか、

ということは、作者はこういう実感を経験しているわけで、男には出来ない俳句だと思いますわ。
 

好みの問題

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月 6日(水)23時14分29秒
返信・引用
  わんこ先生の「好みの問題」ということで、納得できました!やっぱり人生の出会いと同じで、自分との相性みたいなものがあるようです。要は、好きか嫌いかですね。  

春は曙そろそろ帰ってくれないか

 投稿者:わんこ先生  投稿日:2013年 3月 5日(火)23時47分59秒
返信・引用
  「春は曙という言葉は人口に膾炙したそれであり、この句を詠むとすぐに枕草子を連想させて、一足飛びに平安時代にワープして、貴族の通い婚までをも連想させてしまいます。・・・ところがこの句の可笑しさというか面白いのは、いったん平安時代にワープした自分が『そろそろ帰ってくれないか』という女性のさりげない、それでいてきりっとした物言いに、まるで夢から覚めたように、また現代に連れ戻されてしまうのです。その時間的な落差と、なんだか気の弱そうな男の、いそいそと帰り支度をしている後姿も見えてきて、現代の世相をも映し出しているような感じもあって、とても深く諧謔的で、しかも軽いんです。」
というのが、かすみの鑑賞ですが、どうですか?

鑑賞はすばらしいのじゃが、要は好みの問題じゃな。読後感がすっきりするかどうかという問題じゃ。

端的に言えば、この俳句の短冊を部屋にかけておく気はしない。それだけのことじゃよ。
じゃが、好きだという人にあえて否定するつもりもありませぬ。

 

横綱 曙

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月 5日(火)22時47分25秒
返信・引用
  われらが与太女様も「横綱」を連想してしまったとか(笑)!

じつはかすみも「曙」さんを思い出してしまいました。ということは、ある程度のご年配(?)の方だったら、やはり「曙」さんを連想するのでしょうね。

でも、平成元年生まれももう25歳になりますが、「春は曙」と言ったときに、日本人の共通体験(学校の古典で教えられる)として、「枕草子」を連想するのは自然ですが、横綱「曙」さんを思い出す方の年齢は限られますよね。2001年(平成13年)に引退ということですから、今から12年前ということですね。だから平成生まれでも多少はご存じの方もおられるでしょうけど。

でも日本人の共通体験として、皆さんに一番知られているのは、なんといってもラジオ体操でしょう。職場の朝の体操でも結構やっているところ多いですよね。このラジオ体操も調べてみると戦前(全国放送として定着したのが1934年、昭和9年ごろ)からあったんですよね。
薄おばちゃまは当然ご存じですよね(笑)

もうこのラジオ体操は日本人のDNAに刻み込まれているようです(笑)

ちょっと余談がすぎましたが・・・

 

春は曙・・・横入り失礼いたします

 投稿者:与太女  投稿日:2013年 3月 4日(月)22時22分0秒
返信・引用
  かすみ様ご鑑賞のように、清少納言のつぶやき、そして現代女性の本音が巧みに交錯する面白い句だと思います。

で、与太女は枕草子と同時に「横綱」を思い出しちゃって、そりゃもうマジで「そろそろ帰ってくれないか」(部屋が狭くてかなわんじゃないかぁ~!)と思ってしまって。
もちろん、そういう発想は作者の意図したものではないことは分かってはいるのですけれども、曙がいたら帰ってもらいたいと思うのは(たぶん)誰しも同じじゃないかな、と。
変ですよね、これ。大変失礼いたしました。(ぺこり)
 

春は曙

 投稿者:かすみ  投稿日:2013年 3月 4日(月)19時43分2秒
返信・引用
  それと、櫂未知子さんの

春は曙そろそろ帰ってくれないか

この句をわんこ先生は「ある程度、男の劣情を意識して作ってをる。この句はその典型じゃ。」とおっしゃっていますが、再度かすみの鑑賞をコピーして載せます。

「春は曙という言葉は人口に膾炙したそれであり、この句を詠むとすぐに枕草子を連想させて、一足飛びに平安時代にワープして、貴族の通い婚までをも連想させてしまいます。・・・ところがこの句の可笑しさというか面白いのは、いったん平安時代にワープした自分が『そろそろ帰ってくれないか』という女性のさりげない、それでいてきりっとした物言いに、まるで夢から覚めたように、また現代に連れ戻されてしまうのです。その時間的な落差と、なんだか気の弱そうな男の、いそいそと帰り支度をしている後姿も見えてきて、現代の世相をも映し出しているような感じもあって、とても深く諧謔的で、しかも軽いんです。」
というのが、かすみの鑑賞ですが、どうですか?

 

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