teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


ようこそ

 投稿者:価値論へ  投稿日:2012年 6月18日(月)23時28分19秒
  牧口常三郎

  の

  価値論へようこそ


http://soka.jimdo.com/

http://soka.jimdo.com/%E4%BE%A1%E5%80%A4%E8%AB%96-%E5%8E%9F%E6%96%87/

 
 

静岡のお土産

 投稿者:平会員  投稿日:2011年11月16日(水)17時54分57秒
  武士の会煎餅美味しかったです!

http://売坊

 

貧民救済感謝します!

 投稿者:被災者メール  投稿日:2011年 4月11日(月)03時56分27秒
  義援金寄付感謝します!

http://ドケチんぼ

 

先生っ!炊出感謝します!

 投稿者:被災者メール  投稿日:2011年 4月 7日(木)06時02分27秒
  助かります!南無阿弥陀仏!

http://ドケチんぼ

 

子供手当

 投稿者:天の邪鬼メール  投稿日:2011年 4月 5日(火)03時15分18秒
  賛成の反対なのだぁ~っ!

http://天才バカボン

 

訂正

 投稿者:炎穂  投稿日:2010年 2月28日(日)00時41分36秒
  10代前半は 神ー仏と書いておきます 後半からご本尊様に変更となりました
お詫び致します
 

あの頃

 投稿者:炎穂  投稿日:2010年 2月28日(日)00時39分24秒
  子供時代は、今と違って学会には無印的存在だった私も 少年部の座談会はよく友達と
行った 自分は信仰にも興味を持つところか 神や仏も信じない炎穂と呼ばれ 19歳
の入信迄 ほとんど信じてたり 信じていなかったりと左右に忙しかったー19歳で
信心を始め今の自分がここにいる 両親の祖父母を亡くしているので自分でもお題目は
欠かさずやっている 又病気で入院している叔父へ題目を唱えながら助けている
 

無題

 投稿者:炎穂  投稿日:2010年 2月12日(金)21時36分5秒
  子供の頃、親父に連れられ 実家へ遊びに行くと 祖父は題目を唱えていたー
祖父は 題目中は誰にも邪魔されずー熱心に唱えていた 当時小1だった私は祖父の背中
が大きく見えた 耳が遠くなったのか?不安になった親父は祖父に声をかける 当然無口
父 「お父さん、来たよ お父さん」
祖父 暫くして 「分かっているよ 来てるのは だけど お前 人が勤行しているだろ」
祖父 「耳は聞こえているんだよ でも邪魔するなんて 馬鹿野郎!」=-=
私の顔を見ると 笑顔で 「おおー 来たか 暑いから アイスでも食べるか?^^」
商人なので よくアイスやプリンを食べた私 やはり何時もの祖父に戻った
祖父の題目中は誰一人も入れない方だった
1新聞屋 「Mさん、所集金に来たら 今は駄目と怒られた (題目中だから)
2宅急便 「怖くて 震え上がりました」
3祖母 「頑固になるのね 家のお爺ちゃんは」
 

☆☆☆

 投稿者:Clarion  投稿日:2009年 8月 8日(土)13時06分5秒
  日蓮の「立正安国論」は、正法が滅びるとき、三災、七難がおこると予言した。
三災は、大集経にあり、(1)穀物の払底、(2)戦争の勃発、(3)疫病の流行である。

七難は、(1)疫病の発生、(2)他国からの侵略、(3)内乱の発生、(4)星宿の変化、
(5)日食、月食の発生、(6)時ならない風雨、(7)旱魃、である。

http://www4.ocn.ne.jp/~sen0001/gosyo02b.html
http://www.araki-labo.jp/shiso65.htm

大方等大集月蔵経 『法滅尽品』 http://emcjp.com/e94b.htm
『法滅尽経』 http://www.daianzi.com/howa/howa0009.htm

『月蔵経』の予言 その1 http://r-tao.com/newmakkyou/text/getuzou1.htm
『月蔵経』の予言 その2 http://r-tao.com/newmakkyou/text/getuzou2.htm

『弥勒下生経』 http://oriharu.net/fuujin/jyogen17.htm
 

無題

 投稿者:炎穂  投稿日:2009年 6月17日(水)20時17分14秒
  そろそろ  

牧口常三郎・参考文献リストに

 投稿者:OM@FBI  投稿日:2009年 5月 8日(金)00時37分17秒
  潮出版の文庫形式のものがないですね。
大蔵 宏之『〔1〕 牧口常三郎』(ポケット偉人伝 7)
1971/7/15
文庫サイズ、93ページ、定価250円。
箱入り5分冊の内の1冊(〔1〕 牧口常三郎/大蔵宏之著 〔2〕 マルクス/上笙一郎著 〔3〕 カント/保永貞夫著 〔4〕 ラッセル/塩谷太郎著 〔5〕 吉田松陰/上笙一郎著。)

あと、批判書ですが、
木下 日順『牧口常三郎言行録』飯能本門社
1960/7/不明
B5サイズ、ガリ版、50ページ、定価50円。

http://gree.jp/7737268

 

英語版価値論

 投稿者:価値論  投稿日:2009年 4月 8日(水)07時51分47秒
  http://soka.jimdo.com/

英語版価値論の原文をここに掲載します。

http://soka.jimdo.com/

 

Makiguchi's. value theory

 投稿者:MIX  投稿日:2009年 2月 5日(木)14時01分48秒
  [PDF] A consideration of how the works of Nichiren were received by ...

ファイルタイプ: PDF/Adobe Acrobat
Nichiren can be seen in his establishment of 'value' as the purpose of education. Ryuichi GotoííaÜPÉ—) has already researched the relationship between Makiguchi's. value theory and the Lotus Sutra or Buddhism in general. ...

enlight.lib.ntu.edu.tw/FULLTEXT/JR-MAG/mag140097.pdf

Z MlWA 著
 

「下巻」の情報

 投稿者:りゅう  投稿日:2008年11月17日(月)05時48分9秒
   先日、図書館で読んだ『週刊読書人』11月21日号に、三一書房の広告が出ていました。
 それによると『庶民烈伝』の下巻は、12月中に刊行とのこと。
 どうやら年内には手に取ることができそうで、ホッとしています。
 どんな仕上がりになっているか、とても楽しみです。

http://sinkousya.exblog.jp/

 

アナキズムと「師弟不二」

 投稿者:りゅう  投稿日:2008年10月 3日(金)07時04分47秒
編集済
   管理人さん、お久しぶりです。またおじゃまします。

 三一書房版の竹中労著『聞書・庶民烈伝』下巻ですが、“近刊予定”のままでなかなかリリースされません。察するところ、未公開資料の編集に手間取っているようです。
 このところ竹中の著書をあれこれ再読していて、以下のような感想を持ちました。下巻が出てから投稿しようと思っていましたが、その前に書かせてください。またも長文になってしまい恐縮に存じます。ご容赦を。


 あの「竹中 労」は、『 断影 大杉栄 』(2000年・ちくま文庫・絶版)にて、「アナキズム」を、かく定義する。

【アナキストの美は乱調にあり、個別人間の適性と能力の“自由連合”、他者を統制しない寛容を、百家争鳴を留保しつつ組織の基礎に置く。しかも、強固な団結と不退転の闘争に同志を連帯するもの・それは、一人びとりの無私の愛である。報酬感謝を求めず、他者(人民・衆生・郷党といかようにでも言いかえてよい)のために、労を惜しまず命さえ損(す)てて厭わない、人間のやさしさである。】

 さらに続けて…
【このような言い方を、甘っちょろい痴人のタワ言と嗤(わら)う連中は・アナキズムに、決して理会できない。諧調の“中央集権”、労働者階級を逆権力に構築して、国家権力にとって替ろうと、「党中央」をヒエラルヒーの頂点に置き・その統制を絶対化して、分派の粛正をくりかえす非情の論理に、ボルシェヴィキは堕ちこんでいく。
 あるいは敵前で日和り、「多数派工作」に藉口して、革命を裏切るのである。むしろ、やさしさは過激と関わり、非情は妥協を生むパラドクスを、我々は歴史から学ばねばならないのだ。】(「襤褸の巷」 p141。初出は、1985年・現代書館・FOR BEGINNERS版。絶版)
 …とも。

 左翼陣営・総崩れの今このとき、竹中の指摘した懸念は、すでに過去のものとして忘れ去ってよいものか。
 残念ながら、左右にかかわらず、ホモゲシュタルト的色彩を帯びがちな集団・組織は、宿痾のようなその非情の論理から免れることはできないだろう。したがってわが組織も、当然無縁とはいえまい。歴史に学ぶとは、それを知るということだ。
 しからば、諧調の“中央集権”とは、そこでの何を意味するか。
 ヒエラルヒーの頂点に置かれる「党中央」とは、誰を指すのか。
 統制の絶対化を目論むボルシェヴィキとは、どの集団のことなのか。
 そこでは、純朴かつ従順なる人民は、管理・指導の対象としての“愚民”となし、所詮、集票・集金の手段にすぎないと考えられてはいないか。
 報酬感謝を求め、他者を省みず、労を惜しみ、多数派工作にうつつを抜かす輩は、そこにはいないと言い切れるか。
 無私の愛・真のやさしさをたたえた人びとなど、本当にいるのだろうか。

 以上をふまえ、暴論との謗りを甘受しつつ、私見を述べる(亡き竹中には迷惑かもしれないが…)。

「日蓮仏法(法華経)は、つまるところ、人間を個々の宿命から解放し、本来それぞれが内包している自力による・自らの再生へ、その実践者を導く思想だ。
 牽強付会ではあるが、“過激”を手段とはしない、“左右を弁別せざる”アナキズム(=絶対自由主義)の異名ともいい得る。
 ゆえにその実践者は、乱調の美を、統制なき寛容を、すなわち、真の『桜梅桃李(楊梅桃李)』を体現するアナキストに他ならない。
 それは無私の愛の人、いや、『常不軽』の別名でもある」と。

 であるならば、いささか飛躍するが、「師弟不二」とは、儒教的上下関係を規定するものにはあらず。“親分子分”の侠客的垂直構造を説明するものでもない。
 日蓮のいう、「師が仏なら弟子も仏。弟子が地獄なら師も地獄(四条金吾宛・要旨)」との謂は、同じ地平を・師弟ともに手を携えて歩くという、今日的にいえば、水平思想・絶対平等主義の到達点といっても誤りではなかろう。
「師弟不二」は、それを標榜するキーワードなり、と解釈したい。

 現体制に即していえば、ヒエラルヒー上位に位置する者、なかんずく専従的組織運営者は、管理職意識を棄て、“人民の召使い”として、外に向かって「人道的競争」の先頭を走るのでなければ、存在する意味はない。
 猫なで声で人民(民衆)の膏血をむさぼる、狡猾な「師弟・利用主義」は、断固として排除されなくてはならない。
 末端を睥睨する大将気取りや、内向きの、“ボル”感覚に染まった貴族的ダラ幹には、即刻の退場を促したい。
 そのために何より強く求められるのは、民衆の側が、指令・指示頼みの依存体質をあらため、自律的判断力を養って思考停止状態から脱却することだ。

 パラドクスのようではあるが、それには一人ひとりが、“広範な学び”によって自己の「信」を疑うことから始めるしかない。たとえ、その過程で一時的な混乱が生じても、淀みからの脱出・再生を果たすためにはやむを得まい。もとより仏法とは、自らが考える、つまり哲学する宗教であることを、虚心に想起すべきだ。
 目指すべきは、権威への隷従ではなく、「個の確立」なのだ。そして、そのうえでの「連帯」だ。

 竹中が、庶民衆生に依拠して示し続けた無私の共感を、われわれは“理会”するどころか、永いあいだ黙殺してきた。その不明を今こそ自覚するときではないか。
 ともあれ、まずは『庶民烈伝』に学ぶことから始めてはいかがだろうか。(文中・敬称略。)

〔参考図書:ダニエル・ゲラン著『現代のアナキズム』三一新書 1967年。何と今なお刊行中。玉川信明著『アナキズム』現代書館 1987年。こちらは惜しくも絶版。〕

http://sinkousya.exblog.jp/

 

(無題)

 投稿者:熊田一雄メール  投稿日:2008年 9月10日(水)00時20分3秒
  牧口常三郎論をはてなダイアリーにアップしておきました。

http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20080910

よろしければご笑覧ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/bxr074650401

 

柳田國男と牧口、そして岡茂雄

 投稿者:りゅう  投稿日:2008年 8月 5日(火)00時54分36秒
編集済
   管理人・てんてんさん。お久しぶりです。また、おじゃまいたします。
 以下の書を読みましたので、感想を書かせてください。

 ①『柳田國男と牧口常三郎 ―ある遭遇と疎隔―』 村尾 行一(1934~)著 潮出版社(2007-02)
 ②『本屋風情』 岡 茂雄(1894~1989)著 中公文庫(1983-09)〔本年・5月に復刊なる〕

 ①は、牧口初代会長の真摯な研究者にして、創価学会のシンパサイザーの一人と目される、元愛媛大教授・村尾氏の近著(といっても、一年半前の発行)。
 近くの図書館で見つけたもの。

 村尾氏は、高校時代から柳田國男を読み始め、東大農学部に進学後も、片っ端から読破していったよう。
 しかし、いつしか柳田に対する違和感が芽生え、そうした際、昭和三十二年・偶然に出会ったのが、牧口が、当時の農商務省の委託によっておこなった、九州は大分と熊本での、「地人相関」調査報告書だったという(確か、竹中労の『庶民烈伝』にもこの九州調査の模様が描かれていたはず)。

 以来、村尾氏は蒙を啓かれ、専門の林政学研鑽のためには、牧口の著作・思想研究が不可欠となったようだ。

 本書まえがきで、村尾氏は以下のように言う。

【柳田は、日本民俗学の父といわれるほど、彼のパラダイムとテーゼが以後の民俗学の言わばDNAである。したがって彼に関する著作はほとんど無数と言ってよいほど多く、言うまでもなく世間で大変高名である。対して牧口は、在世当時少数の識者に評価された以外ほとんど無名に近く、まして今日では創価学会員以外は知る人がないに等しいと言ってさまで過言ではなかろう。
 しかも創価学会員でも少なからぬ人々が彼の著作を読んでいないらしい。そして彼ら彼女らが自分達の初代会長である牧口を位置づけるのに、牧口が一時柳田と親交関係にあったことをもって、 「あの柳田に評価されたほどだから牧口初代会長は偉いのだ」 という評価姿勢を採る臭みが濃厚である。
 そこで、柳田と牧口をまともに勝負させてみたかった、というのが本書執筆の根本的動機である。結論を先にいえば、著者は柳田に対して否定的・牧口に対して肯定的である。――】(原文のママ)

 創価学会員を自称するなら、原点に帰って、初代から学べ! と、著者・村尾氏はわれらを叱咤するのである。
「その弟子――あとがきにかえて――」での、柳田と牧口・両者の弟子たちに関する論述は、きわめて対照的な結末となったがゆえに(柳田は二人の有能な弟子を、嫉妬のためか、追放。一方、牧口の直弟子とその孫弟子については言うまでもないでしょう)、ある種、峻厳な印象を持つ。
 村尾氏は本書を書き終えて、今にいたるまで高い評価を得ている柳田が、実はこの程度だったかと、改めて確認させられた、と締めくくっている。


 ②は、1974年・平凡社から発行され、第一回日本ノンフィクション賞を受賞したエッセイ集の文庫判。
 ①よりも前に、古書店で購入して読んだもの。絶版だったが、つい最近、同文庫から改版・復刊された。

 著者の岡は、関東大震災(1923)後、文化人類学関係・山岳関係の出版社を主宰。採算を度外視しても、良書を世に送り出すことに生涯を捧げた人、らしい。
 本の中身だけでなく、その装丁の堅牢さにも気を配り、高所から落としても壊れないものを目指したという。

 本書あとがきに、【私はかねがね、著名人の自叙伝ないし回顧録なるものの多くは、必ずしもその真の姿を伝えるものでないことを知っていたので、御当人の認否にこだわることなく、私に映じたそのままの姿、私の接したその体験以外は絶対に書かない、伝聞の事項は必ずその出所を明記することを己に固く誓って、(略)執筆を続けたのであった。】と、岡は書いている。

 そのとおり、当時親交のあった、南方熊楠、柳田國男らにまつわる印象的なエピソードが、誠実な筆致で冷静に述べられている。①との併読をお勧めしたい。
「『人類学・民族学講座』流産始末記」とタイトルされるエッセイは、岡の企画・発案の同講座テキスト出版における、柳田との確執を淡々と振り返るもので、柳田の人となりがうかがわれて、とても興味深い。

 昭和5年のあるとき、岡はこの企画を柳田に熱意を持って語り、柳田も賛同して、協力を惜しまない旨を告げて激励した。斯界の大家の快諾を得た岡は、実現に向け東奔西走するが、そのうち、別の出版社が同じような講座の広告を発したのを目にする。そこには監修者として、柳田の名が大きく躍っていたという。
 その後の顚末は同書にゆずるとして、それにしても、柳田國男という人物が、何とまあ○○の腐ったような、“いけ好かない奴”であるかを物語って余りある。


 爾来、日本国家は、この柳田に対しては文化勲章をもって遇し、かの牧口には獄死をもって報いた。
 牧口にしても、岡にしても、柳田について、非難めいたことは一切口にしていない。
 私は、そこに二人の人間性を、言わば、侠気(おとこぎ)をみるのである。 (一部・敬称略)

 以上、長文の投稿で失礼しました。
 

牧口常三郎と総力戦体制

 投稿者:熊田一雄メール  投稿日:2008年 7月21日(月)07時08分39秒
   いわゆる「滅私奉公」は、一生に一度しか行えない理想である。この非常道徳を銃後の生活に強行しようとするには無理である(辻武寿(編)「牧口常三郎箴言集」第三文明社、1979年、p171)。

 牧口のこの言葉から、牧口が1930年代に始まった「総力戦体制」に違和感を感じていたことがわかります。牧口は、「(天皇に対する)忠義の人」である以上に、「(民衆に対する)侠気の人」だったのでしょう

http://blogs.yahoo.co.jp/bxr074650401

 

牧口常三郎の任侠精神

 投稿者:熊田一雄メール  投稿日:2008年 7月11日(金)17時10分14秒
  以下の文章は、1983年に行われた「回想の牧口先生」という創価学会会員の座談会の記録です。

和泉 私は戦争から復員して、「牧口先生の顔」という講演を、総会でやったことがあるんですよ。怖い顔と怖くない顔と、冬の寒い夜なんか赤ちゃんおんぶして(熊田註;創価教育学会に)女の人が相談にくる、帰る時にね、牧口先生がおぶい半纏の間に、新聞紙をはさんでご自分で着せてあげるんです。「新聞紙一枚で、きものひとつ分違うんだよ」
 そんなときは、好々爺のおじいちゃんなんだが、さあ怒るとなったら、怖いなんてものじゃない。まず、なんで叱られているのか、よく考えてみないとわからない(笑)。
小泉 喧嘩のやり直しね。上のものとしか喧嘩をするなと、我々は教員だから相手は校長です。それでやり方が弱くてひきさがってこようものなら、もう一回やり直しとくる(竹内労「聞書 庶民烈伝ー牧口常三郎とその時代(上)」三一書房、2008年、p10)。

 「子分の顔を立てる為には自分に不利益なるけんかも買うたことであろう。自分の命を投げ出したこともあり、強を挫き弱を扶(たす)くるを主義とし、義と見れば如何なることにも躊躇しなかった。」と新渡戸稲造が形容する、「幡随院長兵衛もの」に代表されるような「男伊達の精神」を親友だった牧口もまた体現していたことをよく示している記録です。「上のものとしか喧嘩をするな」と信仰指導していた牧口が、自民党と連立政権を組んだ現在の公明党を見たら、おそらく深く嘆くでしょう。

http://blogs.yahoo.co.jp/bxr074650401

 

牧口先生が反対したもの

 投稿者:小野不一  投稿日:2008年 7月11日(金)01時00分40秒
   てんてんさん、大本さんの件は承知しました。大本さん、続きをやりたければ私の掲示板へ来て下され。

 我々は、どうしても現在から過去を照射してしまいます。時代の空気や歴史の雰囲気をつかみ取るのは、並大抵の想像力では難しいことでしょう。

 牧口先生と戸田先生が獄中にあって節を枉げずに戦ったものは何だったのか? 具体的に言えば「日蓮大聖人を信じる自由」であったことでしょう。そこには当然、布教の自由が前提になっていると考えられます。

 しかしながら、熊田さんによれば、「戦争に対して反対はした事実はない」とのこと。ここからは二つの検証が必要となります。まず初めに、戦争を賛美した事実はあるのか? 次に確たる言動は残ってないが、反戦思想が認められるかどうか?

 客観的な事実から述べれば、「戦時中の思想統制下にありながら、信仰を貫いて、結果的に信教の自由を死守した」って感じでしょうか。

http://jbbs.livedoor.jp/study/3764/

 

レンタル掲示板
/12